「ひつまぶし」

 関東から愛知県に引っ越してきてすぐ、名古屋は東京に比べて、うなぎ屋をよく見るなと思った。
 それもそのはず、住んでみて知ったが、愛知県はうなぎの生産量全国第2位である。生産している量が多ければ、販売する店も他県より多くなるのは当然だ。
 今回はうなぎについて書こうと思う。

 うなぎといえば、小学生の頃、大阪に転勤した経験のある祖父が、関西では、うなぎのことをまむしと言うのだと教えてくれた。
 当時は、かば焼きの色や形が、蛇のまむしに似ているからだと思い、なんだか食欲がなくなる名前だなとネガティブな印象を持った。
 大人になり、名古屋のソウルフード、ひつまぶしに出会い、関西のまむしと同じ語源なのかなと調べてみると、まったく違うものだった。
 そもそも、関西のまむしの語源は、諸説あるものの、蛇のまむしではなく、間蒸しという調理法から来ている。
 関西系のうなぎは、関東とは違い、焼くのみで、蒸す工程がない。
 パリパリした食感が、美味しいのだが、京都、大阪の一部のお店では、さらにひと手間くわえたものを出す。
 蒸す工程の代わりに、熱々のご飯とご飯の間に、うなぎを挟み、ご飯の余熱で蒸しながら、客に提供する。これが間蒸しという状態、まむし丼である。
 一方、名古屋のひつまぶしは、ご飯に挟む、間蒸しの状態にはしない。
 まむしではなく、まぶし。まったくの別物だ。

 明治6年、熱田にあった料亭 蓬莱軒(今のあつた蓬莱軒)では、当時から名古屋の名物であったうなぎを提供していた。
 蓬莱軒は出前の注文が多く、うな丼の器は今と同じように、陶器の丼ぶりだったため、回収時に配達の従業員が、誤って丼ぶりを割ってしまうことが多かった。
 丼ぶりが、頻繁に割れていては経費がかさむ。
 頭を悩ました蓬莱軒の主人が、ベテランの仲居さんに相談したところ、割れることのないオヒツを使ってはどうかというアイデアが出た。
 さらにそこから、出前時の運びやすさや効率を考え、一つのオヒツに数人分のうな丼を入れる工夫をした。
 ところが、複数人で同じオヒツから、うな丼をよそうと、皆、上に乗せたうなぎを先にとってしまい、ご飯だけが残る問題が生じたのである。

 店主はこの問題を解決すべく、うなぎを小さく切って、ご飯と混ぜて提供することを思いついた。
 うなぎをご飯にまぶしたのだ。オヒツにいれた、うなぎとご飯をまぶした料理。
 これがひつまぶしの由来である。

 そこから、うなぎまぶしご飯をお茶漬けのように食べたら、さらにおいしくなるということで、今の形に進化を遂げた。

 必要は発明の母である。

 今回、うなぎの食べ方について調べてみると、色々発見があり、飽きることなく楽しめた。
 まさに、ひつまぶしだけに、とても良いひまつぶしになりました。

                                (川上 智久)