こんな毒

 小津安二郎の『東京物語』で、末の息子(大坂志郎)が母親の葬儀で読経の木魚を聞いて母の思いを語るシーンが上手くできなくて苦労している時、助監督で付いていた今村昌平が母親の葬儀から帰ってきた。今村は、母親役の東山千栄子さんの後姿に亡き母を想い、込み上げてしまった。小津監督は傍らの今村に「どうだい。あんなもんだろうおふくろが死んだときってのは」と。残酷な言葉に、今村は平凡な家庭を淡々と描く小津作品に人の心の奥底にある鬼を見たのではないか?
 今村昌平監督が日活で撮った『にっぽん昆虫記』『果てしなき欲望』などの土着性とエネルギッシュな作風からは窺えない繊細さがあるのかもしれない。

 今村監督は松竹から日活に移籍するのだが、監督と親交のあった浦山青年は、松竹の助監督合格を辞退する。一方、日活の助監督に合格していた山田青年は、日活の試験官西川克己監督の助言で補欠合格だった松竹に入り、山田青年の穴を埋める形で浦山青年が日活に入った。
 新生・日活、西川監督、今村監督の思惑が絡んで起こった事だが、後に浦山桐郎監督は『キューポラのある街』、山田洋次監督は『男はつらいよ』シリーズを生み出すことになる。

 山田洋次が助監督時代にシナリオ修行をしたのが野村芳太郎監督。野村監督作品の『拝啓天皇陛下様』で、渥美清が演じたのが、知識は無いが知恵がある主人公。彼は兵役で白馬に跨る天子(天皇)を見てあこがれ、戦争そして戦後の混乱を知恵で乗り越え、所帯持てる喜びで天皇陛下万歳と叫びながら路地から通りに出た時にトラックに轢かれて即死。反戦映画です。

 戦前・戦中の脚本家・監督にはこんな毒が盛り込まれています。

 山田洋次監督の『男はつらいよ』シリーズには、幼子が手を引かれているシーンがチラッとよく出てきます。終戦で大陸から引き上げる時、姉や両親に手を引かれた想いがあるのか? それと、高校生などの登校・下校がよく出てきます。時節を伝えるには好い設定ですが、これも学生の戦死と関係があるのかな?

 歌手の山口百恵さんが高校生の時『伊豆の踊子』(監督:西河克己/脚本:若杉光夫)に出演。ラストシーン淡い初恋の学生と別れ、卑下される旅芸人として生きてゆく決意で宴会で踊る。踊子に刺青の酔った客が抱きつき除けようとするストップモーションでEND。若杉脚本は踊子の方からしな垂れてゆくとなっていたのを、西川監督がこれから売り出そうとする15歳の高校生にそこまではという事で、上記のラストに。それでもOKをだしたホリプロの社長・堀威夫さん一本筋が入ってます。そろばん勘定ではできません。

(加藤満男)

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