こんな毒 vol.6

  2015年10月31日公開のフランス映画『エール!』(脚本:ヴィクトリア・ベドス(原案)、スタニスラス・カレ・ド・マルベルク、エリック・ラルティゴ/監督:エリック・ラルティゴ)。聴覚障害者家族の中で唯一の健聴者の少女を主人公にした映画である。関心もなく見逃してしまった。キネマ旬報ベストテンでも映画評論家の内海陽子氏が1点入れて159位である。その『エール!』をアメリカ映画としてリメークした『コーダ/あいのうた』(脚本・監督:シアン・ヘダー)が2023年(第94回)アカデミー賞作品賞・助演男優賞(聴覚障害者俳優)・脚色賞に輝き、キネマ旬報ベストテン6位(内海陽子氏は6点)、読者選出外国映画ベストテン1位。なんで? 時が流れれば、作品の評価もうつろうのか?

 NHKのテレビドラマ『デフ・ヴォイス』(原作:丸山正樹)はコーダが主人公のミステリーである。原作を手に入れて読んだ。聴覚障害者は聾唖者ではなくろう者であること、手話には「日本手話」と「日本語対応手話」があり手話教室で通常使われているのは「日本語対応手話」であること、デフ・ヴォイスとは生まれついてのろう者が発する声で発音が不明瞭で健聴者には理解できないこと、コーダとは聴覚障害者の親をもつ健聴者の子供のことで、その苦労のいくつかも初めて教わった。

 『名もなく貧しく美しく』(1961年/脚本・監督:松山善三)は、1975年の東宝名作シリーズ第2弾。当時は障害者に関心がなくタイトルと日本映画なのに主人公の二人が手話で会話するため字幕が入る珍しさで見た記憶があります。
 戦後まもない頃、靴磨きで生計を立てている聾唖者夫婦の話。夫・道夫(小林桂樹)妻・秋子(高峰秀子)二人の間に健聴者の子供が生まれるが、耳が聞こえないため不慮の事故で子供を亡くしてしまう。秋子はミシンで内職を道夫は植字工と生きるために希望を持って働き、再び健康な子供に恵まれる。子供は親が聾唖者のため悪口を言われるが、両親をいたわる優しい子供に育っていく。子供の卒業式に出かけていた秋子に、終戦時助けた戦災孤児が立派に成長して恩人の秋子を尋ねて来る。知らせを聞いた秋子は大通りへ飛び出しトラックにはねられ息絶えてしまう。クラクションが聞こえなかったのだ。秋子を喪った道夫は、悲しみに負けず登校する子供に希望を見る。タイトル通りの名もなく貧しく美しい映画である。
 50年前の記憶であるから、録画で確認してみた。字幕スーパーが出るのは道夫と秋子が会話する時だけであり、秋子は少し言葉が話せるが健聴者ではできない良いシーンがある。二人の愛情で育った健聴者の子供は小学校の高学年になると両親と社会との間を通訳するコーダの役割としても描かれている。
 マイノリティを主人公にした映画が多く作られてきた中で気になる一本は、『フランケンシュタイン』(1931年/脚本:ギャレット・フォート、フランシス・エドワーズ・ファラゴー/監督:ジェームズ・ホエール)。無知から少女を死なせてしまい、風車小屋に逃げ込んだフランケンシュタインが村人たちから火を放たれて、悲痛な叫びと共に亡くなるシーンは心が痛くなる。

(加藤満男)

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