【ラジオドラマの書き方 第8回】  「テーマ」あるいは「世界観」

 昨年11月に配信された、日本放送作家協会の『創作ラジオドラマ大賞・オンライン公開講座』を視聴しました。今更ながら勉強になったと共に、自身が書く脚本が「ちょっと変わっていて」「独特」と言われる理由に思い当たったので、今回はその話を。

 講座は、事前に募集した視聴者からの質問に答える形で、ほぼ進行していたのですが、「テーマ」についての質問が多かったように感じました。確かに「テーマ」は重要です。私も審査させてもらう場合には、テーマを重要視します。しかし、私自身が作品を書くとき、「テーマ」から入ることは、ほとんどありません。
 脚本家になれるきっかけとなったCK(NHK名古屋)のラジオドラマ脚本募集の入選作は、こんなモノローグで始まっています。「街のなかほどに小さな丘がある。その小さな丘のてっぺんを丁度切り取るようにして『みどりの公園』はある。(中略)しかし、街の人は誰も、自分たちの街にそんな公園があるなんて知らない。街から公園へ行く道は一本もない」。これは、私がぼんやりと山を見ていて、「あそこに公園があるような気がする」と思ったことから、あらすじなしで書き始めたものです。振り返ると、自身の閉塞感と、それでも持ちたかった希望が込められていたように思います。
 その後も、「南米マジックリアリズムみたいな話」とか、「カズオ・イシグロの『私を離さないで』とマーガレット・アトウッドの『侍女の話』がまざったような話」を書きたい、が出発点であり、演出S氏の方も「金魚の話がやりたい」とか「テレビ塔の話がやりたい」とか振ってくるので、二人でああでもないこうでもない、と、その時、各々が興味をもっていることを出し合い擦り合わせて、プロットを作ってきました。
 私はETVで長く続いた『中学生日記』をずいぶん書かせてもらったのですが、あるディレクターに言われたことが印象に残っています。「伊佐治さんは、書き終わったあとで、自分が書きたかったことがわかる人だから」と。もちろん、ため息まじりで。

 「テーマ」は大切です。文章とは、表現とは、「他人に何かを伝えるために」あるものだからです。でも、そのとき自分が惹かれる世界、そこに浸ってみたい世界から、始まる方法もあるのではないでしょうか。
 CKのラジオドラマは独特だと、業界内では言われてきました。その起点となったのは、私に脚本家になるきっかけをくれ、以後も「好きなように書きなさい」と言ってくれた、故・角岡正美ディレクターだと言っていいと思います。いや、もっと遡れば、1960年代70年代の、寺山修司に代表される、劇作家の書くラジオドラマもありましたが。

 書くことは、自分を探っていく作業でもあります。だから、「好きな世界」を書くことで、「テーマ」が浮かび上がってくることにもなります。(掘り下げが足りなくて、時々、失敗もします。。。)

 ラジオドラマはテレビドラマに比べると、自由です。現実の世界だけでなく、ちょっと非現実にはみ出すくらいが魅力的です。音だけを頼りに、聴く人を空想の世界に誘い、そこで一緒にしばしの時間を過ごし、現実の世界にちょっとしたおみやげを持って帰ってもらえる、そんな作品を書く人が一人でも増えるといいな、と願っています。

(伊佐治弥生)